前県議会議員 大内理加

政治の原点

祖父・父と二代に渡って県議会議員を務めた政治家の家に生まれながら、政治への志をもっていなかった私に、突然、県議を勇退する父が私を後継に指名しました。当時、山形県議会には女性県議がたった一人。少子高齢化対策が喫緊の課題である県政にもっと女性の議員が必要だと説得されました。

私には残念ながら子供がいません。「自分の子どもを産み育てることができなかった分、議員になったら世の中の子どもたちのために役に立つことができるよ。」そう言って背中を押してくれたのは夫でした。

二人の男性から後押しを受けて平成19年に初当選してから13年県議会議員を務めましたが、子どもの貧困をはじめ山形県の子どもたちを取り巻く環境は非常に厳しく、このままではいけないという強い気持ちを抱いています。

もっと豊かな山形県にしたい。子どもたちがお腹いっぱいご飯を食べて笑顔で過ごすことができる、そんな当たり前の県にしたい。それが私の願いであり政治の原点です。

略歴

1963年 山形市七浦生まれ
1976年 山形市立出羽小学校 卒業
1979年 山形市立第七中学校 卒業
1982年 山形県立山形西高等学校 卒業(陸上部キャプテン)
1986年

同志社大学文学部 卒業
(株)山形テレビ報道制作局制作部勤務(番組ディレクターを務める)

2007年 山形県議会議員初当選
(以降4期連続当選、過去2回はトップ当選)
この間、厚生労働環境常任委員長、文教公安常任委員長、農林水産常任委員長、総務常任委員長、景気雇用対策特別委員長、中小企業経営力強化・人材育成対策特別委員長、子ども育成・若者定着支援対策特別委員長、予算特別委員長、議会運営委員長を歴任
2011年 自民党県連幹事長代理
自民党県連女性局長
2016年 自民党大会にて議長を務める
2018年 自民党県連総務会長
2020年 山形県議会議員辞職
2021年 山形県知事選挙 立候補
現在

山形県紅花生産組合連合会会長
円仁の鐘を鳴らす会会長
山形県日中友好協会 女性委員会 会長
山形市パークゴルフ協会 会長

趣味

山菜採り、料理

幼少期

幼少期

とにかく泣き虫。さわられただけで泣く子でした。 中1に登校拒否になりましたが、熱心な先生のおかげで救われました。感受性の強い子供だったように思います。

しかし、一度順応すると何事にも積極的に行動する子どもでした。 祖母が手相を見て、「男の子だったら良かったのに」とつぶやいた言葉が忘れられません。

高校時代

高校生

種目は400m,200m,400mリレー。夏の坊平での合宿あまりにきつくて、両親がスイカをもって差し入れにきた姿を見ただけで涙がでてきたぐらいでした。陸上で根性が鍛えられたことは間違いありません。 バレンタインデーには下駄箱にチョコが・・・。ベリーショートカットの女子でした。生徒会では体育委員長をつとめました。

大学時代

学生

「女の子は東京に出さない!」というだけの理由で京都の大学へ。お蕎麦のダシと和菓子の美味しさにカルチャーショックを受け、京都の食文化にのめりこみました。 山形を離れて、紅花の価値を再認識したのも京都での学生時代。山形を外から見る目を養いました。 ヨーロッパ8ヶ国を旅したことは忘れられない思い出です。 異国の文化を知り、多様性を認める下地になっています。

山形テレビ時代

山形テレビ

学生時代、テレビが壊れて見れなかったのになぜかテレビ局へ入社。まさかの報道作局へ。ADから鍛えられました。 フジテレビの全国映像コンテストで準グランプリを受賞し、社長賞もゲット。県内各地を取材したことが私の財産であり、今の仕事に活きています。ちなみにコンテストのテーマは「挑戦」。韓国語で最上川舟唄に挑戦する船頭さんの姿を題材にさせていただきました。

県議時代

gikai
県議会